人生において「成長」は約束されている!

いつもお仕事お疲れ様です(^^♪

弊社の社長がことあるごとに口にし、社内報の表題としても引用している「お役立ち」と「成長」という文言があります。

以前、片方の「お役立ち」について私なりに考察し、“お役立ち」とはお客様と一緒に考え、一緒に意思決定すること!”というタイトルでご紹介しました。
今回は、「成長」について私なりに考察してみたと思います。

人間としての成長とは何か?

ここ3年ほど続いているコロナ禍。
幸か不幸か、家にこもって読書をする機会も必然的に増えました。

お役立ち」とは、弊社の会長がよく口にされる「利他の心」に通じるものがあるということは、当コラムでも何度かご紹介しているかと思います。

現在、弊社の中期経営計画を策定中でもあり、否が応でも経営理念やビジョンについては再確認する場面が出てきます。
そこで、私なりに「お役立ち」について考えたのだから、「成長」についても考えてみないとな、という思いがありました。
あくまでも、私個人が意味を咀嚼し、理解するためではありますが。

では、人間としての「成長」とは何か。
あくまでも私見ですが、一言で表すとすれば「見えなかったものが見えるようになること」ではないかと思うのです。

ちょっとスピリチュアルがかっているようでもあり、哲学めいているかもしれません。
また、単に知識とか理論ではなく、深い意味で今まで解らなかったことが解るようになった、とか、感じられなかったものが感じられるようになった、とも言い替えられるのかもしれません。
今まで見ていた価値観や世界観が変わるというか、一つステージが上がった感覚とでも言うのでしょうか。

もちろん、一般的な解釈や定義もあれば、物理的な成長もあるでしょうし、
〇出来なかったことが出来るようになった
〇忍耐力がついた
〇意志が強くなった
〇ある能力が高くなった
〇積極的になった
ということが言えるかもしれません。

リーダーであれば、
〇問題解決力が上がった
〇人望が厚くなった
〇人間力が上がった
〇器が大きくなった
〇統率力が上がった
などなど、あげればキリがないかもしれません。

何をもって成長とするのか

上記にあげた項目は、全て該当するとも言えますし、正しいとか、正しくないという話ではありません。
年齢や置かれている環境や立場によっても違うかもしれません。

では、自分で認識できる成長と何か?

私の好きな言葉に“「人生において、『成功』は約束されていない。しかし、人生において、『成長』は約束されている。」”というのがあります。

これは起業家でもあり、多摩大学大学院名誉教授、シンクタンク・ソフィアバンク代表でもある田坂広志氏の言葉です。田坂氏は経営者やリーダー育成のための「田坂塾」も主宰されています。

田坂氏は、著書の中で人間としての成長とは何か?についは下記のように書かれています。

◆「成長」という言葉の一つの定義

「人間としての成長」とは「心の世界」が見えるようになること。

だと。

「人間としての成長」とは、文字通り「人間」としての成長。
この「人間」という文字を見つめていると、この定義が、最も心に収まるのです。
この字を見つめていただきたい。
「人間」と書いて「人の間」と読む。

そのことを考えるならば、我々が「人間として成長する」ことの意味が見えてくる。

「人と人とが、心を互いに理解し合えるようになること」
「人と人とが、心を通わせることができるようになること」
「人と人とが、心を一つにすることができるようになること」

「人間として成長する」とは、そうした意味なのでしょう。

そして、もしそうであるならば、やはり人間としての成長」の定義は、一つ。

「心の世界」が見えるようになること。

そして、それが見えるようになると、自然にできるようになる。

「心の世界」に処すること。

では、「心世界が見える」おは、いかなる意味か。

人の心がわかる

端的に言えば、その力量です。
それを、日常使われる言葉で表せば、次の「三つの力量」です。

「相手の気持ちがわかる」
「場の空気が読める」
「自分が見えている」

~以下、続く~

『なぜ、我々はマネジメントの道を歩むのか(PHP新書)』より

それぞれのステージでの成長

誰にも、学業でも、スポーツでも、会社の業務でも良いと思いますが、成績だけでなく「やり切った!」とか、「突き抜けた!」とか、「一皮むけた」とかいう経験があるかと思います。

今まで立ちはだかっていたと思っていた壁が無くなったり、一つステージが上がって今まで見えていなかったものが見えてきたり、要は、自分で自分を上から俯瞰して見ることができるようになった、とでも言うのでしょうか。

田坂氏の「心の世界」とは趣が違うかもしれませんが、私の「成長」の解釈はそんな感じでしょうか。

あとがき

そんなん違うんじゃない?という声も聞こえてきそうですが、人それぞれの考え方や感覚のようなものでしょうし、誤解を恐れずに言えば「目には見えない世界」でもあるかと思います。

余談ですが、若い頃、出張が多かった私は九州へもよく行きました。
多かったのが佐賀県ですが、当時のことをふと思い出しました。

現地の部下に訪問先の道順を聞くと、

「がん行って、がん行って、がん行くっぎ、着くっとです。(こう行って、こう行って、こう行くと着きますよ)」

返す言葉もなく、目が点になったことが幾度となくありました。

ああ、解る人には解るし、他人に説明することの難しさとともに、知らない世界や解らない世界も沢山あるんだな、と当時は思っていました。
「成長」という目に見えない世界も、ある種の異次元の世界のようなものかと。

蛇足ですが、よく「あの人、変わったよね」という言い方をします。
二通りあるんだと思いますが、概ねは「あの人、成長したね」ということかと思います。
でも、本人にとっては何ら変わらない日常かも知れません。

まだまだ道半ばで未熟な身。
地に足を着け、自分のできることに全力で取り組む(やり抜く)とともに、良い意味で「あの人変わったね」と言われたいものです。

(ウェブマスター Y)

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