「目的」と「目標」の違いを意識されていますか?

以前、『目的・目標・手段を明確にして挫折しない人生を手に入れる!』というコラムでは、なぜ目的・目標・手段を明確にしなければいけないのか?ということで考察してみました。
(タイトルをクリックしてリンク先を参照して下さい。)

今回は、少し視点を変えて「目的と目標は違う」ということで考えてみたいと思います。

目的と目標について

前回は、ダイエットの例などを参考に「目的・目標・手段」の違いについて考えてみましたが、どちらかと言えば個人の目標に視点を置いて考えてみました。

今回は、企業の管理職やリーダー職としての視点で捉えてみたいと思います。

単純にこの3つを表現すると、
目的=何のために取組むのかの理由(何のために)
目標=実現するために必要な到達点や通過点(何を目指して)
手段=実施することや内容・方法(どのように達成するのか)
というようなことかと思います。

企業によっては呼び方はともかく「目標管理制度」などを取り入れているところもあるかと思います。

基本的には個人の目標も個人的な目標も考え方は同じでしょうし、会社員であれば、企業の目標と個人の目標がリンクしていれば働きやすいし、やりがいも感じることができるかと思います。

もちろん、生産性や業績もあがることでしょう。

今回は、企業のマネジメント職やリーダー職としての捉え方をご紹介したいと思います。
とはいえ、私の稚拙な文章では心もとないので、以前に読んだことのある西田文郎氏の著書『強運の法則』より引用させて頂きたいと思います。

目的と目標は違う

実際に私が社員研修などで企業を回ってみて気付くのは、「何のために」がんばるのかという、目的意識を持って仕事に取り組んでいる人が、驚くほど少ないことである。
はっきりした目的を持ち、そこに社員の心を向けさせ、先導しなければならない立場の経営者でも、「おたくの会社は何を目的にしていますか」という問いには、ほとんど答えられないというのが現実だ。 答えられたとしても、
「年商500億円を目的にしてします」
「業界トップです」
「販売台数10万台を突破することです」
こんな答えが返ってくることが多い。これらは、淋しい人の淋しい目的である。
なぜ年商500億円という目的が淋しいかというと、それがちっとも人の心をワクワクさ
せない、感情に訴えない「数値の目的」だからだ。
「1億円の家を建てたい」という人は淋しい。「年老いた両親が喜んでくれるような家を建てたい。それには1億円かかる」という人より、間違いなく淋しい。
淋しい人間は、本来なら「目標」にしかならない数値を「目的」と取り違えやすい。
こういう社長に率いられた会社の社員は、まず仕事が面白くなくなる。
業績が伸びているあいだは達成感があり、やり甲斐も感じられるだろう。
高度経済成長期や平成バブル景気の日本が、まさにそれでやってきたといっても過言ではない。
しかし業績が思うように伸びなくなると、また成績が悪くなると、達成感を求めて仕事をしている人間は、面白いように仕事への情熱を失ってしまう。
そもそも「目的」と「目標」はとてもよく似ている。取り違えるのも無理はないくらい、そっくりの顔をしている。けれどもこの2つには、じつは天と地ほども大きな違いがあるのだ。
というのも、「目標」 は数字でよい。数字は誰にでもよくわかる。しかし、数値的な目標だけでは、人はワクワクしない。ワクワクしないから、やがて目標を目指すことがつまらなくなってしまう。つまらないことを一所懸命続けると、ストレスがたまる。ストレスがたまると、胃や心に穴が空くことになる。
しかし、 そうした面白くもなんともない達成目標を、あっという間に面白くて仕方がないものにしてしまうのが「目的」 である。目的には人を面白がらせたり、夢中にさせたりする、目標にはない不思議な力がある。
そして、その目的が自らの利益を超えた利他の精神によるものであればあるほど、人はそれに共感し、引き付けられ、そして経営者と同じ志をもって、共に闘ってくれるのである。
松下幸之助翁にしても、「貧の根絶により、人々を幸せにしたい」という志が、社員をワクワクさせ、大きなエネルギーとなって彼らを突き動かしたのである。
大成功を収める人物は、ワクワクするような、そして人々の共感を呼び、彼らの熱意を引き出してしまうような、そんな「野望」を持っているのだ。
ところで、幸之助翁は昭和48年、80歳で経営の第一線を退いてから、94歳で天寿を全うするまでの数年間に、私財70億円を投じた松下政経塾の設立や国際技術財団を発足させ、さらには中国訪問や日本人初の米ハーバードビジネススクールヘの100億ドル寄贈など、国の内外を間わず精力的に社会奉仕活動に邁進している。
高齢の幸之助翁を突き動かしたものは、昭和48年秋のオイルショックによって、混沌としていた日本の未来を憂い、来たる21世紀に日本を素晴らしい国にしたいという思いだったという。なんともスケールの大きい、かつ利他の心に溢れた精神であろう。
つまり、「志に燃え、大きく稼ぎながらも、最終的には自然と積極的無欲へと昇華する」これが、大成功者の歩む道なのである。
それにしても、「水道哲学」 という使命に目覚めた時期の幸之助翁には、極めて対照的な要素が同居しているように感じないだろうか。
ひとつは事業家にとって不可欠な「欲望」、あるいは自我の強さである。大きく稼ぐ人間の心の中には必ずといっていいほど大きな欲望、支配欲や征服欲、あるいは成功への執念といった強烈な自我が潜んでいる。これは事業を成し得る原動力であるから、人は欲が強ければ強いほど、自らを成功へ引っ張りあげる熱意が湧いてくる。
ただ、もう一方では、「世のため人のため」や「人を喜ばせたい」 といったサービス精神や利他の心が秘められている。
仏教やキリスト教など、宗教の教えでも言われていることだが、欲望や自我が強ければ強いほど悩みは大きくなる。つまり、すべての悩みは自らの欲望に始まると言っていい。そして、その悩みや迷いを克服しようと、成功者は自然と欲望の質を変えていくのである。

あとがき

企業であれば、経営計画を策定したり、新商品の開発や新規プロジェクトを立ち上げる時には3C分析などを行います。

個人ではそこまでやらないかもしれませんが、それでも、個人や仲間でコミュニティやグループを立上げようとすれば、最初の段階ではそれに近い作業をすることになるかと思います。

要は、最初の立上げた目的や志がしっかり固まっていると、運営方針がブレることがありません。

ダイエットやライフワークなども、とにかく目的が明確でないと、途中で投げ出したり、挫折することになりかねません。

人生100年時代。

個人的には好きな言葉ではありませんが、もし定年後の「第二の人生」を設計する機会があるとすれば、ライフワークと呼べるものにも取組まれるかと思います。
しっかりと理念とも言うべき目的や志をしっかりもって充実した人生を送りたいものです。

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